1. 日本におけるCCSの必然性:産業構造と地理的制約
日本のCCSへの取り組みは、欧米とは異なる独自の地政学的・産業構造的制約から必然性と方向性が導かれている。
- 素材産業大国としての宿命:日本の経済を支える鉄鋼、セメント、化学、製油は、いずれも国際競争力を持つ重要な基幹産業である。これらの産業を「減らす」ことなく「脱炭素化」するためには、排出源でCO2を回収し、地中に封じ込めるCCSはほぼ唯一の現実的な技術経路である。
- 狭小な国土と巨大な貯留需要:年間数千万トン規模のCO2を安全かつ永続的に貯留するには、巨大な地下空間が必要となる。欧米のように広大な陸上帯水層や枯渇油田に頼れない日本は、必然的に海底地層(海底下貯留) に活路を見出すこととなった。日本周辺海域には、東北日本海側や九州西側などに有望な貯留層が存在すると評価されている。
- エネルギー安全保障とアンモニア・水素戦略との連携:CCSは単体技術ではなく、燃料アンモニア・水素の製造プロセス(ブルー水素/アンモニア) と不可分である。化石燃料から水素を製造する際に発生するCO2をCCSで回収・貯留することで、脱炭素化されたエネルギーキャリアを確保する。これは、再エネ資源に乏しい日本がエネルギー輸入の脱炭素化を図る上での核心的戦略である。
2. CCS技術の三つの核心プロセスと日本の強み
CCSは、「分離・回収(Capture)→ 輸送(Transport)→ 貯留(Storage)」の一連のチェーンからなる。
| プロセス | 技術的手法 | 日本の技術的強みと重点開発領域 | 主な適用対象・プロジェクト例 |
|---|
| 分離・回収 | 化学吸収法、物理吸収法、膜分離法、酸素燃焼法等。 | 高効率・低コスト化学吸収液の開発(KS-1、新規アミン溶液)、膜分離技術(東レ、日東電工)、石炭ガス化複合発電(IGCC)との統合による高濃度CO2回収。 | 火力発電所、製鉄所(高炉ガス)、セメント工場、化学プラント。 |
| 輸送 | パイプライン、船舶、車両。 | 高密度・低温輸送技術(液化CO2船の設計・建造)。欧米に比べて長距離パイプライン網が未発達なため、船舶輸送による柔軟なネットワーク構築が現実解として研究中。 | 回収源から沿岸貯留サイト、または利用サイト(CCU)への輸送。 |
| 貯留 | 帯水層貯留、枯渇油・ガス田貯留、海洋隔離等。 | 海底帯水層の探査・評価・モニタリング技術。地震国としての長期密封性・地震影響評価技術。マイクロシーミッシュ(微量漏洩)監視技術。 | 苫小牧CCS実証プロジェクト(海底帯水層)、その他日本海側・九州西岸の調査エリア。 |
2.1 回収技術:日本の化学・素材産業の知見の結集
日本の化学メーカー(三菱重工業など)が開発した化学吸収液は、吸収速度・再生エネルギー・腐食性のバランスに優れ、世界で多数の実績を持つ。現在は、さらにエネルギー消費を30%以上削減可能な新規吸収液や、固体吸着材の開発が進められている。また、鉄鋼業界では、高炉ガスからCO2のみを効率よく分離回収する技術の確立が急がれている。
2.2 海底貯留:海洋国家ならではの挑戦
日本は、陸上よりも広大で安定的な海底帯水層を貯留サイトとして利用する「オフショアCCS」を主軸としている。これには、海洋掘削技術、貯留層の3D地震探査・モデリング技術、注入井の建設・維持技術、そして海中・海底の地震計、水質・気体センサーを用いた広範囲な環境モニタリング技術のすべてが必要となる。日本の海洋資源開発(石油・天然ガス、メタンハイドレート)で培われた技術基盤が、ここに応用されている。
3. 実証から商用化へ:苫小牧プロジェクトとその先
苫小牧CCS大規模実証プロジェクト(2012-2024年度)は、日本におけるCCS技術の総合的検証の場である。北海道苫小牧市において、製油所と発電所から排出されるCO2を回収し、約3km沖合、海底面から約1,000m以下、さらに約300m厚の海底下帯水層(トモアカイ層)に注入・貯留する一連のプロセスを実証した。累計約30万トンのCO2を安全に貯留し、注入圧・地震の影響、貯留層内でのCO2の挙動、環境モニタリング技術の有効性を確認した。この知見は、国内初の商用CCSプロジェクトの基本設計に直接活かされる予定である。
政府の「クリーンエネルギー戦略」(2022年)では、2030年までに年間600万〜1200万トン規模のCO2貯留を目指すと明記された。これは、苫小牧プロジェクトの規模を数十倍に拡大することを意味する。現在、日本CCS調査株式会社を中心に、北海道(石狩低平地)、秋田県・山形県沖、長崎県西部など、複数のサイトで大規模商用化に向けた貯留サイトの詳細調査(フェーズ2) が進められている。
4. 克服すべき核心的課題:経済性、法制度、社会受容性
- コスト高とビジネスモデルの不在:現状、CO2を1トン回収・貯留するコストは数千円〜1万円以上と推定され、産業の国際競争力を脅かす。これを解決するには、技術革新によるコストダウンだけでなく、カーボンプライシング(炭素税、排出量取引) によってCCSのコストを内部化する政策的枠組み、そしてCCSサービスに対する安定した収益源(例:企業がCCS事業者に処理費用を支払う)の確立が不可欠である。
- 法制度と長期責任の所在:CO2を地下に注入・貯留する行為は、鉱業法、ガス事業法、海洋汚染防止法など複数の法律にまたがり、規制の空白や重複がある。また、貯留後数百年にわたる監視と管理責任、万一の漏洩時の補償責任を誰がどのように負うか(事業者?国?)という法的・制度的枠組みが未整備である。政府は「CCS事業法(仮称)」の早期制定を目指している。
- 社会受容性(セーフガード)の確保:特に漁業関係者をはじめとする地元住民の理解を得ることが最大の課題の一つである。科学的な安全性の説明に加え、透明性の高い環境モニタリングデータの公開、地域社会への経済的便益の還元、そして万一に備えた補償枠組みの明確化が、プロジェクトを前に進めるための前提条件となる。
- 国際バリューチェーン(アジアCCSネットワーク)の構築:日本単独での取り組みには限界がある。日本は、自身の技術を活かしつつ、東南アジアなどからのCO2を船舶で受け入れ、日本の海底に貯留する、あるいは日本企業がアジア諸国でCCSプロジェクトを実施するといった、国際的な「カーボン・マネジメント」ビジネスのハブとなることを目指している。これは新たな産業創出の機会でもある。
5. 今後の展望:CCSからCCUS、そしてDACCSへ
- CCU(Carbon Capture and Utilization)への展開:単なる「捨てる」技術から、CO2を資源として活用する技術へ。具体的には、コンクリートにCO2を固定化する技術(CO2-SUICOM)、化学品原料(ポリウレタン等)や燃料(e-Fuel)への変換技術の実用化が進められる。ただし、利用できる量は貯留に比べて限定的であり、CCSを代替するものではない。
- DACCS(Direct Air Capture with CCS)の可能性:大気中から直接CO2を回収し貯留する技術。2030年代後半からの実用化が期待され、過去の累積排出に対処する「ネガティブエミッション技術」として、より重要な役割を担う可能性がある。日本でも研究開発が開始されている。
おわりに:技術の完成と社会システムの設計の二正面作戦
日本のCCS技術は、世界に誇る高い工学技術力を背景に、特に海底貯留と高効率回収の分野で着実に実績を積み上げつつある。しかし、その成否は、技術的な完成度だけで決まるわけではない。経済的インセンティブを生み出す政策、長期にわたる安全責任を規定する法律、そして地域社会の信頼を獲得する対話——これら「社会技術システム」の設計が、地中深くCO2を封じ込める「ハード技術」と同等かそれ以上に重要である。
CCSは、理想だけでなく現実と向き合う「覚悟の技術」である。日本がその導入を真剣に推し進めることは、カーボンニュートラルへの道筋を示すと同時に、経済と環境、未来と現在、地球規模の課題と地域の暮らしの間で、困難なバランスを取るための政治的意思と社会的合意形成能力が問われる試金石となるだろう。