日本の超音波脳機能イメージング:研究開発の現状と基盤
日本は超音波診断装置の開発・生産において世界的な強みを持ち、その技術基盤は脳機能イメージングの分野にも活かされています。歴史的には、1959年に里村茂夫博士が超音波ドップラー法を臨床血流計測に応用したことが大きな礎となりました。現在、東京大学、大阪大学、東北大学をはじめとする国内の先進的研究機関と、複数の精密機器メーカーが連携し、この分野の研究をリードしています。
臨床応用に向けた核心的な技術的課題として、以下の点が集中的に研究されています:
- 頭蓋骨通過技術:頭蓋骨は超音波を大幅に減衰・歪ませます。日本人を含むアジア人成人の頭蓋骨特性を考慮した、高周波数帯域の超音波を効率よく通過・収束させる専用プローブ(探触子)と信号処理アルゴリズムの開発。
- 高感度信号検出:神経活動に連動する微小な血流速度や血流量の変化(神経血管カップリング)を、生体の雑音から確実に抽出する技術。
- リアルタイム処理:膨大な超高速撮影データを瞬時に処理し、画像化するための専用ハードウェアとソフトウェアの開発。
技術的ブレークスルー:二つの進化軸
1. 超高速超音波イメージング
従来の焦点を絞った走査方式とは異なり、平面波发射成像法を採用することで、映像フレームレートを従来の数十〜数百フレーム/秒から、10,000フレーム/秒以上へと飛躍的に向上させました。これにより、脳内を流れる血液の動きを「動画」として、ミリ秒単位の時間分解能で連続観察できるようになりました。
日本の研究成果例:ラットの脳を用いた実験では、ひげへの刺激に応答して起こる体性感覚野の活動を、刺激後10ミリ秒以下の極めて短い時間スケールで血流変化として可視化することに成功しています。この技術は、脳の情報処理の時間経過を直接捉える手段として期待され、脳腫瘍手術中の機能野同定や、脳卒中後の血流回復評価などへの応用が模索されています。
2. 超解像度超音波イメージング
超音波の物理的な解像度限界(回折限界)を打破する技術です。蛍光顕微鏡の超解像技術(ノーベル化学賞受賞)に着想を得た 「超音波位置同定显微成像(Ultrasound Localization Microscopy: ULM)」 がその代表です。この技術では、血管内を流れる微小な造影剤(マイクロバブル)を一つ一つ追跡し、その軌跡を統合することで画像を構築します。その結果、従来は見えなかった直径100マイクロメートル以下の微小血管ネットワークを可視化できるようになり、脳の機能領域とそれを栄養する血管構造との詳細な関連性をマッピングする道が開けました。
主要脳機能イメージング技術の比較
| 技術/評価軸 | 機能的超音波イメージング (fUS) | 機能的MRI (fMRI) | 脳磁図 (MEG) |
|---|
| 計測対象 | 神経活動に伴う血流変化(CBF) | 神経活動に伴う血中酸素濃度変化(BOLD) | 神経細胞の電気活動による磁場 |
| 時間分解能 | 非常に高い (~ミリ秒) | 低い (~秒) | 極めて高い (~ミリ秒) |
| 空間分解能 | 高い (~100 μm) / 超解像では更に向上 | 高い (~数 mm) | 低い (~cm) |
| 侵襲性 | 非侵襲 (経頭蓋) | 非侵襲 | 非侵襲 |
| 装置の簡便性・可搬性 | 高い (比較的小型、可搬型あり) | 低い (大型、固定式) | 低い (大型、磁気シールド室必要) |
| 主な利点 | 高時間分解能・リアルタイム性・低コスト・連続観察可能 | 広範囲の脳領域を高解像度で撮像・標準的技術 | 電気活動を直接・高時間分解能で計測 |
| 主な課題 | 頭蓋骨の影響・深部計測の難しさ | 間接計測・時間遅れ・騒音 | 信号源の同定が困難・高コスト |
今後の展望と臨床・社会実装への道筋
日本の研究開発は、基礎研究の成果を着実に臨床応用へと結びつける段階に入りつつあります。特に以下の領域での実用化が強く期待されています:
- 脳神経外科の術中支援:開頭手術中に、超音波プローブを直接脳表面に当て、運動野や言語野などの重要な機能領域をリアルタイムでマッピングし、手術による機能障害のリスクを低減します。
- 脳血管障害の詳細評価:脳梗塞や脳出血において、超解像度イメージングで微小血管の閉塞や新生血管を評価し、治療方針の決定や予後予測に貢献します。
- 神経疾患の病態解明と治療評価:認知症やてんかんなどにおいて、特定脳領域の血流動態の異常を経時的に観察し、病態の理解や薬物療法の効果判定に役立てます。
- 新生児・乳児の脳発達モニタリング:頭蓋骨が薄い乳幼児では、超音波は理想的な非侵襲的観察ツールとなり、発達過程の脳機能ネットワーク形成を追跡する可能性があります。
今後の技術開発の方向性は、AI・深層学習を用いた画像再構成・解析の高度化、ウェアラブル化を見据えた超小型プローブの開発、そしてfMRIやEEG(脳波計)など他モダリティとの融合計測システムの構築へと向かっています。これらの進展により、「超音波で脳を読む」技術は、研究施設の大きな装置から、病院のベッドサイドや在宅医療の場へと広がり、脳の健康と疾患の理解に新たな次元をもたらすことが期待されます。